先日、久しぶりにバスに乗りました。今年の夏は酷暑でしたが、その日もとても暑く、横浜駅東口のバス乗り場も熱風の中にいるような状況でした。バス停の前には待合室があり、一瞬そこで待つことも考えましたが、待合室にも多くの人がいましたし、8分後にバスが来ることを考えると待合室には入らずにバス停に並んで、乗車後に座った方が良いのではないかと思いました。
PCの入った鞄と書類が入ったサブバッグを持ち、いよいよ乗車したとき、私は自分の考えが甘かったことを悟りました。私の後から乗り込む乗客の8割以上は高齢者で、とても座席に座っていられるような状況ではなかったのです。私は一旦座った席を空けました。
乗客は一部の、イヤフォンをして自分の世界に入っている人などを除いて、自分より大変な人はいないか探しているような雰囲気でした。たとえ空いている席があっても、率先して座るというよりは、本当に自分が座ってよいのか無言で周囲を見回すのはもちろん、高齢者同士が声を掛け合って、「ここ、空いていますよ」ということもありました。
発車してしばらくすると、鮮やかなブルーのシャツに白いジャケットを着た75歳は超えているであろう男性が乗車してきました。瘦せていて前傾姿勢で歩く姿は、病後を感じさせました。彼は優先席前に立っていた私の隣で吊革につかまりました。次のバス停で、私の前の席が空きました。
「どうぞ、私は次で降りますから」と男性。でも、私も次のバス停で降りるのです。それに優先席に座る必要もありません。「私も次なんです。」と告げてほかの人たちに席が空いたことが見えるようにその場所を離れました。
そして、目的地のバス停で降りて振り返ったとき、男性は降りてきませんでした。
バスが通り過ぎたあと、私は思わず「なにそれ。かっこいい。」と声に出していました。何歳になってもかっこよく生きることはできるんだ。そしてその姿が、場の空気を変えるんだろうなぁとしみじみ思いながら、歩き始めました。
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